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うずらと戦争 [戦争との関わり]

うずらの飼育数は昭和16年には200万羽(愛知県160万羽)でしたが、昭和18年に勃発した第二次世界大戦による飼料不足によりうずらの数は激減し、絶滅の危機に陥りました。
戦後、豊橋市の鈴木経次氏が東京の川島鎮之助氏から譲り受けた数個の種卵を孵化、育成し、豊橋のうずら産業は復興しました。
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豊川海軍工廠への大規模空襲 [戦争との関わり]

1939年(昭和14年)12月15日に、海軍の航空機や艦船などが装備する機銃や弾丸の主力生産工場として開庁しました。東洋一の兵器工場と称され、最盛期には5万人以上の人が働いていました。
空襲は、広島に原爆が落とされた翌日(昭和20年8月7日)に決行され、2500名以上の方が犠牲になりました。翌日には長崎に原爆が投下されます。

【現在に残る海軍工廠】

・日本車輌製造(株)の門は、海軍工廠の正門を再利用しています。


・工廠の南門・東門は交差点の名前として残ってます。








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